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「yyyy/mm/dd」は年月日、「x」は段落で張るのが吉。
[#01] 朝、雨が降っているからか、モーレツに眠い。
[#02] 眠いのは、関係ないと思うんだけど、あいかわらずうまくいかない。もう、むかつく。こういうときは、自分が信じられなくなる。つい今自分が何をしたのか、それすら、もうわからない。
[#03] それは、悪循環の始まり。ふと、立ち止まって、深呼吸。自分の現在位置と進むべき道を確認する。さ、最初からゆっくりやってみよう。
[#04] と、何度も繰り返しているあたり、わけが分からない。一体、自分は何をやっているんだ?先々週は、できたことだろう。どうして、いま、できないんだよ。と、責めてみたところで、どうしようもない。今日、1日、その繰り返しで、消耗した。しかも、結局、できてない……(泣
[#05] 口にしたり文章にした言葉すべて、その人の意見である。そう思う。他人の受け売りだって、その人なりの考えだと思う。
[#06] ただ、もとが他人の考えであるならば、それを、自分の中で咀嚼して、自分なりの表現で書かなければ、だめなのだろう。そうでなければ、「その人らしさ」が、その意見の中に出てこない。それが、「薄い」ということなのではないだろうか?「つなぎ合わせ」ではない自分の言葉で語る自分の意見を主張したい。と、思う。「自分の考え」というのは、そういうことではないだろうか。つまり、「自分の考え=新しい発想(オリジナル)」というわけではない。そう思う。
[#07] こだまさんのこだまの(新)世界(1999-Aug-28夕方)から、マルクス・アウレリウスの言葉。
腋臭(わきが)のある人間に君は腹を立てるのか。息のくさい人間に腹を立てるのか。その人間がどうしたらいいというのだ。彼はそういう口を持っているのだ、またそういう腋を持っているのだ。そういうものからそういうものが発散するのは止むをえないことではないか。
曰く「しかしその人間は理性を持っている。だからどういう点で自分が人の気にさわるか少し考えればわかる筈だ。」
それは結構。ところで君も理性を持っているね。そんなら君の理性的な態度によって相手の理性的な態度を喚起したらいいだろう。よくわけをわからせてやり、忠告してやりなさい。もし相手が耳を傾けるなら君はその人を癒してやれるだろう、怒る必要なんか少しもないさ。
(マルクス・アウレリウス、『自省録』、神谷美恵子訳、岩波文庫、 1956年、75頁)
ああダメだ。なんていうか、こう、結局、相手に伝えようとする努力こそが大事であって、自分の考えをわかってくれない。わからないのがおかしい。と、言ってもしょうがないということなのではないでしょうか?くぅ、難しいねぇ。家帰って反省して寝よ。
[#08] 本人の中では、なんらかの解決をみたようなのですが、なんか、どうしてもきになるから、書くことにします。他人の言葉以上(よりよいものという意味で以上を使う)の「言葉の組み合わせ」をみつけないと「自分の意見」としては認められないということは、書いたつもりは無かったのですが、そう伝わってしまったのなら、すみません。「よりよいもの」じゃなくてもいいですよ。なんていうか、たとえ、ボキャ貧と言われても官僚の書いた文章を読まずに自分の言葉で語る首相のほうがいい。というか、そういう感じです。