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ふるふる日記。
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1999年7月25日(日)

後悔。

[#01] 時間の流れを逆にすることはできない。「ああ、しまった、こんなことになるんなら、あの時、ああしておけばよかった」なんて思ったところで、もう「こんなこと」になってしまったし、今となっては「ああする」こともできない。どんなに後悔してもしょうがないし、「こんなこと」にしてしまった他人を責めてもしょうがない。結局、「ああしなかった」自分を責めるしかないのか?自分を責めたとことで、過去には戻れない。ぼくには、同じことを繰り返さないように、注意することしか出来ない。

[#02] 今日も、仕事。と言っても、お客さんのところで、コマンド3つ叩いただけ(笑)。槙原敬之のアルバムを買って、帰宅。

[#03] 1/100問題。とりあえず、その村を追い出してもその1人は別の村でもきらわれものである。という、現状のオウム問題のような条件があるとすれば、自分が1人なら、多分、死を選んでしまうと思う。いや、その状況を冷静に判断できれば。の話だが……。誰にも認められないのであれば、生きる価値がない。どんなに認められたくて努力しても、話すら聞いてもらえないのなら、生きていてもしょうがない。かなしいけれど……。ただ、「信仰」というものが、支えてくれるのならば、生き続けるかもしれない。それでも、その「神にもすがる」気持ちというか、その信仰心を理解してもらえなければ、その神に救ってもらうためにも、死を選ぶのだろう。

[#03] 自分が1人でないのならば、とりあえず、対話を目指す第3極になる。つまり、98:1:1にする。キレイごとかもしれないけれど、まずは、話を聞かなければ、どうしようもない。彼らに死を選ばさないためにも。

[#04] 今回のオウム問題は、結局、彼らがどうして、オウム真理教を信仰し、出家するに至ったのか。という、そこを、1つずつ解決していかないことには、解決しない。行政による命令でオウム真理教が解散しても、信者は救われない。

[#05] キレイごとかもしれないけれど、そう思う。もう少し一般化して、ある集団の中で、1人だけが嫌われているとしても、ぼくは、なんとかして、対話によって、解決したい。で、ぼく1人だけ、皆と違う考えを持って、違う行動していても、排斥されることのない、そんな社会になれば、いいと、思う。


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