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奈良の件に思う

奈良の妊婦さんが、分娩中に意識を失い、最終的に大阪千里の循環器病センターに搬送され、帝王切開で無事子供は出産したけれど、お母さんは意識が戻らないまま無くなった件。

いろいろ、思うところあったけれど、書けずにいた。

この件が、報道された直後、感情論として「奈良から大阪まで搬送されて、かわいそう」と、思っていた。奈良と大阪は、隣同士じゃないか。と、思うかもしれないが、奈良県吉野郡大淀町と大阪府吹田市の国立循環器病センターでは、距離が離れすぎてるように思ったからだ。

奈良県吉野郡大淀町

奈良県吉野郡大淀町

国立循環器病センター

国立循環器病センター

単純に、病院や医師を責める報道の続く中、考えていたたのは、奈良の緊急医療が制度としてさらにシステムとしてしっかりしていれば、この事故は防げたんじゃないか。ということだった。地域の病院に産科があり、緊急時には県内各地域の大規模病院に搬送するシステムをつくれば、大丈夫じゃないか?そんなことだった。

ところが、システムの問題では無いらしい。

そんな日が来るのは時間の問題と考えていましたが、ついに現実のものとなったかと言う想いです。助けられそうに無い患者は引き受けない防衛医療の広範囲の浸透です。この事件のもたらすものは、これを契機に救急医療の再構築をが一般の反応でしょうが、医師の反応は防衛医療のより一層の徹底化です。いくら「引き受けろ」と言われても結果責任を引き受け側がすべて問われる現状なら、ノータッチで一切触れないほうに急速に傾くのはもう誰にも止められません。

まぁ、そりゃ、君子危うきに近寄らずって言うもんなぁ、今後、いわゆる田舎だけでなく、都市部でもそういう風になっていってしまうのかなぁ。と、他人事のように思っていた。

ただ、この人の日記は要注目だ。と、毎日チェックしていたわけで……。ここ最近のエントリを読む限り、どうやら、田舎だけでなく、東京の産科事情、小児科事情もかなり、やばいらしく、「東京ですら」そういった状況だ。という、事実に、何ともいえない気分になった。

どうやら、患者や司法当局の側に「医者は病気やケガを治して当たり前、治せない医者は殺人者だ」という意識があるということで、それが緊急医療の最前線から医師を遠ざけている理由なのだろうか。ただ、「全力を尽くしましたが、残念な結果になってしまいました」という医師の言葉を信用することができない状態を招いたのも一部の医師であることに違いはなく……。

うまく言えないけれど、なんとか関係を修復できたらいいなぁ。と思う。

出産や小児医療に対して、不安があるという状況では、少子化対策とされている政策は子供だましでしかない、出産というのは、命がけで行うモノではあるけれど、万が一のことがあってもバックアップ体制がしっかりしていると信じるからこそ、命をかけれるのではないだろうか……。

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2006年10月31日 23:18に投稿されたエントリーのページです。

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